理不尽なまでの修行時代が作った気配りの原点
群馬県太田市で生まれ育ちました。少年時代は何でも自由にやらせてくれる両親のもとで、のびのびと育ったんです。そんな私の人生が激変したのは、バドミントンに全てを捧げた高校時代でした。
進学先の前橋東高校の監督は、日本代表コーチも務めるほどの方でしたが、これがもう、想像を絶する厳しさで(笑)。監督の自宅に下宿し、洗濯から食事まで自分のことは全て自分でやる毎日。バドミントン部なのに丸坊主で、監督がタバコを手に取れば即座に灰皿を差し出すような、徹底した「先読み」と「気配り」を叩き込まれました。この、泥臭くも濃密な3年間の修行が、今の私の人間形成の揺るぎない土台になっています。
ひとりで年間36棟受注という数字。仕組みから作り上げた営業マン時代
大学卒業後、地元の酪農乳業会社でルート営業を6年経験した後、バドミントン時代の縁があって住宅業界へと飛び込みました。そこで待っていたのは、人生で最もエキサイティングな挑戦の日々です。
私は当時、デザイン注文住宅を土地探しから含めて、年間平均36棟という驚異的なペースでお客様にお届けしていました。これは一般的な住宅営業の数倍という数字です。もちろん、根性だけで成し遂げたわけではありません。当時の会社の社長と二人三脚でタッグを組み、お客様が迷わず、かつワクワクしながら家づくりを進められる最強の仕組みをゼロから構築したんです。
この時、数えきれないほどのご家族の人生に深く関わった経験が、どうすれば楽しく失敗しない家づくりができるのか?という私の絶対的なスキルの源泉になっています。
勇気を振り絞った独立も心からよかったと言える理由
その後、2016年に独立してかなう家を立ち上げました。正直、当時は不安でいっぱいでした。守られた環境を捨て、自分の理想を形にするために一歩踏み出すのは、本当に勇気がいることだったんです。
でも、今なら自信を持って言えます。
「独立して、本当によかった」と。
組織の論理に縛られることなく、目の前のお客様一人ひとりと真っ直ぐ向き合える。自分の責任で、自分が最高だと信じる家をお届けできる。この手応えは何物にも代えがたいものです。何より、お引渡し時にお客様が見せてくれる笑顔をダイレクトに受け取れることが、私にとって最大の報酬になっています。
人生には「感動・感謝・チャンス」しかない
私の座右の銘は、居酒屋てっぺんの大嶋啓介さんの言葉、「人生には、感動と感謝とチャンスしかない」です。
家づくりは、一生に一度の大きな冒険。一人のお客様、一棟の現場に私の全エネルギーを注ぎ込み、一緒に感動を分かち合いたいと考えています。2025年に新しくたちあげた「IZANAGI.design」は日本の神様である伊弉諾命から御名前を拝借して、本物の自然素材と人間の叡智を結集したアイテムを用いた建築です。これも、私にとっては大きな挑戦、そしてチャンスだと考えています。
これから家づくりを始める皆さんに伝えたいのは「絶対に諦めないでほしい」ということ。資金のこと、土地のこと、間取りのこと……不安は尽きないと思いますが、大丈夫です。私たちが全力でバックアップします。
かなう家に関わる全ての人が、自分の人生を楽しく輝かせることができるように。私は今日も、熱く、あなたの夢を応援し続けます!
株式会社Enjinが企画・制作・運営する、現代のビジネスシーンをリードする世界中のKENJAに焦点を当て、日本の社会を背負っていくビジネスマン、起業家の方々を支援していく「KENJA GLOBAL」に取り上げていただきました。